古来祈りを受け止めてきた奈良の仏像は拝むと、
不思議と自分と向き合うことができ、
心の凝りがほぐれるのだそう。
そんなみほとけさんが訪れた仏像をご紹介!
瞑目した鑑真和上の姿を写した、日本最古の肖像彫刻。弟子の忍基〈にんき〉が制作を主導したといわれ、鑑真和上の堅忍不抜の精神がにじみ出るような天平彫刻の傑作である。まつ毛や皮膚のしわなど細部に至るまで、和上がそこに坐しているかのようだ 写真=金井杜道
仏像大好き芸人のみほとけさん。敬愛する「国宝 鑑真和上像」がおわす、唐招提寺へ。
南大門をくぐると、真正面に見えるのが、奈良時代に建てられた金堂だ。
金堂には、本尊・盧舎那仏〈るしゃなぶつ〉を中心に、向かって左手に千手観音菩薩立像、右手に薬師如来立像が横一列に。いずれも像高3メートルほどの大きさとどこかエキゾチックなお姿で、思わず言葉を忘れるほどの迫力。
続いて開山堂へ。年に数日しかお会いできない御影堂の国宝 鑑真和上像を精巧に写した御身代わり像が安置され、毎日参拝することができる。「わあ、おひげもちゃんとあって、生きておられるみたい」と感激するみほとけさんに、「左側からと右側からとではお顔が違って見えませんか」と石田太一執事長。「本当ですね。優しいお顔に見えたり、厳しいお顔に見えたり。拝む人の気持ちによって違って見えるのかも」と頷く。 文=倉橋みどり
写真=阿部吉泰
唐招提寺
詳細情報
- アクセス
- 近鉄西ノ京駅から徒歩約10分
- 住所
- 奈良市五条町13-46
- 電話
- 0742-33-7900
金堂に安置された三尊。中央の薬師如来は宣字座〈せんじざ〉に座り、向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩が立つ。高貴なお顔立ちと力の漲る体躯、覆う衣のなめらかな襞〈ひだ〉などの表現が見事で、日本における仏像の最高峰といえる(写真は薬師三尊のうち薬師如来です) 写真=奥山晴日
薬師寺は、680(天武天皇9)年、天武天皇が皇后・鵜野讃良皇女〈うののさららのひめみこ〉(のちの持統天皇)の病気平癒のために発願〈ほつがん〉した。薬師三尊像は創建時からの本尊で、ほかにも同時期に造られたとされる聖観音〈しょうかんぜおん〉菩薩像など、由緒ある国宝の仏像を安置している。
副住職の生駒基達さんが境内をご案内くださる。金堂に入った途端、「指先の繊細さに見とれてしまう……」と、施無畏印と与願印を結ぶ薬師如来に感嘆の息を漏らすみほとけさん。
「薬師三尊像は、『とろけるような美しさ』と言われます。なめらかな衣を纏う、薬師如来のゆったり坐したお姿、脇侍〈わきじ〉の日光・月光菩薩は、腰をわずかに傾け、体はS字カーブを描いているでしょう」(生駒さん)
「飛鳥時代の仏像は、仏教文化が入ってきたばかりで平面的ですが、白鳳時代の薬師三尊像はお顔もボディも肉感的。仏教が日本に馴染み始めて、人々が仏さまの姿を生き生きと再現できるようになってきた過程を感じます。薬師三尊像が親しみに満ちているのは、そのせいかな」(みほとけさん)
みほとけさんが「超絶ボディ」と評する金堂のお薬師様は、1300年の時を超えてなお、私たちを優しく見守っている。
写真=奥山晴日
薬師寺
詳細情報
- アクセス
- 近鉄西ノ京駅から徒歩約1分
- 住所
- 奈良市西ノ京町457
- 電話
- 0742-33-6001
薬師如来(中央)を守る十二神将。新薬師寺の十二神将像は像高約160センチと大きく、日本最古とされる。木に縄を巻き付けた骨組みにわら粘土を肉付けして成形し、紙や雲母〈うんも〉を混ぜた土で仕上げた塑像〈そぞう〉である 写真=佐々木実佳
土塀の古民家が立ち並び、鹿の遊ぶ小路を散策しながら、古刹・新薬師寺を目指す。747(天平19)年に、聖武天皇の病気平癒を祈願し、光明皇后によって創建された寺院である。南門から白壁の本堂に入ると、円形の土壇上で裳懸座〈もかけざ〉に坐す薬師如来像と、それをぐるりと囲む十二神将像。みほとけさんが思わず手を合わせる。
「榧〈かや〉の一木からつくられたお薬師様のふくよかな頬、安心するんです。だから私は必ず横からも拝見します。そして十二神将の配置が大好き……。まるで武道館ライブのアイドルグループ構成!拝む位置によって、キャラクターも多彩な推したちと目が合うんじゃないかって(笑)」
微笑みながら頷く、住職の中田定観さん。
「東方浄瑠璃世界におられる薬師如来を十二神将がお守りしています。武将1体につき7千人の眷属〈けんぞく〉*1を持っており、12人×7千人=8万4千人の大きな部隊で、東方浄瑠璃世界をお守りしているのです。十二神将は十二支とも結びついているので、参拝者は自身の干支の神将を探しますね。皆、咆哮を上げたり、弓を絞ったり。力強いでしょう?」
厳めしい十二神将が、薬師如来の周囲にどっしりと構え、隙なく堅固の守りを築く。
本堂を出てすぐさま十二神将像のしかみ顔を物まね披露してくれたみほとけさん。芸人魂も強く刺激されるほどの十二神将像の迫力ということか。
*1 仕える部下のこと
写真=佐々木実佳
新薬師寺
詳細情報
- アクセス
- 近鉄奈良駅から奈良交通バス市内循環線で「破石町」下車、徒歩約10分
- 住所
- 奈良市高畑町1352
- 電話
- 0742-22-3736
8世紀に東大寺の造仏所で造られたとされる十一面観音像は、聖林寺からほど近い大神〈おおみわ〉神社の神宮寺・大御輪寺〈だいごりんじ〉に安置されていたが、神仏判然令を受けて聖林寺に移り、1887(明治20)年、E・フェノロサによって秘仏の禁が解かれた 写真=荒井孝治
聖林寺は、大物主大神〈おおものぬしのおおかみ〉が鎮まる神の山として「古事記」などに登場する三輪山から約5キロ南下した里山にある古刹だ。
「聖林寺の石垣、下から見るとかっこいいんです。勾配がきつく隅角がキリッとして」
何度も訪れているみほとけさんが、さっそくおすすめのアングルを教えてくれた。聖林寺は野面積〈のづらづみ〉の石垣の上に立っており、確かに端正な小城のようで様子がいい。
十一面観音像が祀られる観音堂へ続く階段を上って扉を引き、その姿が見えると、「またお会いできてうれしい!慈愛に満ちたお顔です」と、みほとけさん。
「完成された美しさが印象的なのでしょう。今まさに天から蓮の花(蓮華の台座)に舞い降りた瞬間が表現されております。天衣〈てんね〉はふんわりと風をはらみ、水面には蓮弁が映り(反花〈かえりばな〉)また三つの渦(框〈かまち〉)まで表わされています」。
住職の倉本明佳さんが説明くださる。
「1300年の時を超えて私の目の前におられるって、凄い。お参りする人を守ってくれるから、仏像も守られてきたんじゃないかな。誰の心のとげも抜いてくれるような気がしますから」(みほとけさん)
360度拝観できるお厨子の周りをぐるぐると、感嘆やまぬみほとけさんだった。
写真=荒井孝治
聖林寺
詳細情報
- アクセス
- 近鉄京都駅より特急で約45分、大和八木駅で乗り換え5分、桜井駅下車。JR・近鉄桜井駅より奈良交通バス「談山神社行き」で「聖林寺」下車すぐ
- 住所
- 奈良県桜井市下692
- 電話
- 0744-43-0005
土盛りの上に造立された塑像で、顔は大陸の影響を残し、結跏趺坐〈けっかふざ〉を組む。一般的に如意輪観音は六臂〈ろっぴ〉(「臂」は腕)だが、六臂以前の姿である二臂〈にひ〉は珍しく、ほかには石山寺(滋賀県)の如意輪観音像に認めるのみだ 写真=荒井孝治
今回訪れる飛鳥(明日香村)は、日本最古級の仏像・飛鳥大仏や、百済から贈られた仏像を蘇我稲目が祀〈まつ〉ったといわれる向原寺(豊浦寺跡)などがあり、仏教ロマン溢れるエリアだ。みほとけさんイチオシは、岡寺の如意輪観音坐像。「ビッグで白くてハッキリした目鼻だちで、インパクト大なんです!」。いったいどんな仏像なのか。
飛鳥宮跡から約1キロ東の岡山中腹に立つ岡寺は、正式には龍蓋寺という。約1300年前、天智天皇に養育された義淵〈ぎえん〉僧正が、勅願により建立。境内の龍蓋池には義淵が封じた悪龍が改心し、善龍となって眠るとされ、「大和四寺〈やまとよじ〉*2」の1カ寺として厄除けに訪れる人も増えた。ビー玉の手水舎で浄め、副住職の川俣海雄さんに導かれ、如意輪観音坐像が坐す本堂へ。
「大きい!この手指の厚みを見てください!」と、思わず声を上げるみほとけさん。
「日本三大仏のひとつで迫力はありますが、私も特に手の雰囲気がとても優しいと感じています」(川俣さん)
「如意輪観音坐像のインパクトは、飛鳥の大らかさとマッチします。飛鳥の懐、深すぎる」。本堂を出てつぶやくみほとけさん。飛鳥の景色に気持ちを委ねていた。
*2 大和朝廷の中心地、かつては「国中〈くんなか〉」と呼ばれた奈良県中央部に位置する岡寺・長谷寺・室生寺・安倍文殊院の4カ寺のこと
写真=荒井孝治
岡寺
(龍蓋寺)
詳細情報
- アクセス
- 近鉄橿原神宮前駅東口より奈良交通バス「岡寺前」下車、徒歩約10分
- 住所
- 奈良県高市郡明日香村岡806
- 電話
- 0744-54-2007
「降魔〈ごうま〉の利剣」と蓮華を手に、獅子に跨る文殊菩薩は、大仏師・快慶の作。脇士の4人(維摩居士、須菩提、優填王、善財童子)とあわせて5体の仏像が「渡海文殊菩薩群像」として、それぞれ国宝指定を受けている。中国・五台山の文殊信仰の世界を表す 写真=荒井孝治
安倍文殊院は、国宝である「渡海文殊菩薩群像」によって、仏像ファンにも知られてきた。副住職・植田悠應〈ゆうおう〉さんのご案内で本堂の渡海文殊菩薩群像をお参りする。中心におわす騎獅文殊菩薩像は高さ約7メートル。剣を携え、大獅子に左足を提げて跨る迫力たるや!みほとけさんから「凛々しいイケメン……」と心の呟〈つぶや〉きが漏れる。
「渡海文殊菩薩群像は、衆生に智慧を授けるため、雲海の中を旅する文殊菩薩と4人の脇士〈わきじ〉を表現しています」と植田さん。
「堂内を覆う雲海まで見えてくるような、生き生きとした仏像ですね。気高く感じるのは、目線の先に救いを求める衆生を見ているからなのかな。迷った時にここに来れば、自分を見つめ直せる気がします」。
確かに、遠くを見やる文殊菩薩のまなざしは、使命感を帯びてもいるようだ。
「2024年6月には、15年ぶりに耐震工事と修復のために文殊菩薩が獅子から降りられました。2025年5月まで公開もしますから、前回の修復以来、約15年ぶりに特別な姿を拝することができます。文殊菩薩の胸に輝く青い宝石など、高貴さを表す荘厳〈しようごん〉もよくご覧いただけると思いますよ」。
植田さんの言葉に必ずやと再訪を誓うみほとけさん。大好きな善財童子のものまねを完璧な首の角度で披露して、お寺を辞したのだった。
写真=荒井孝治
安倍文殊院
詳細情報
- アクセス
- JR・近鉄桜井駅から奈良交通バスで「安倍文殊院」下車
- 住所
- 奈良県桜井市阿部645
- 電話
- 0744-43-0002